連載 No.39 2016年09月25日掲載

 

ファインダーでは見えない何か


コンパクトなデジタルカメラやスマートフォンが普及して、写真を撮る時のカメラの構え方が変わったと思う。

カメラ付き携帯電話が普及したころからかもしれないが、小さなファインダーをのぞかずに写真が撮れるようになった。

のぞき窓から目を離すことで写真を撮る姿勢が自由になり、

撮られるほうも撮るほうも、昔よりリラックスしているのではないだろうか。



昔はカメラ上部のファインダーをのぞいて、シャッターを押すのが一般的なスタイルだった。

それゆえに、ファインダーはカメラの最も重要な部分のひとつで、

カメラの種類は一眼レフとか、レンジファインダーとか、のぞき方やその見え方で分類されていた。



フィルムは現像しなければ見ることができない。家族で記念写真を撮っても仕上がるのは数日後。

どう撮れているのか、失敗していないのか、そんなことを気にすると、

ファインダーをのぞく時の緊張は今よりも大きかったのではないだろうか。



デジタルカメラであれば、撮ってすぐに見られるのは当たり前。

電子式のプレビュー(試写)を備えたカメラであれば、シャッターを押さなくても写るであろう画像をモニターに映し出してくれる。

つまり、仕上がりは、撮る前に見えているのである。



これは写真が発明されて以来、ずっと求められてきたことではあるが、少しつまらないと感じるのは私だけだろうか。

あえて昔のフィルムカメラを愛用する人たちや、

最近のインスタントカメラブームも同じような感覚に由来するのではないだろうか。



写りがレトロで味があるのはもちろんだが、撮る時にその仕上がりを想像する楽しさがある。

ぼんやりした枠だけのファインダーは、フィルムだけでなく、撮る人の心にも切り取った画像を焼き付けてくれる。

自分が作りたいもの、撮りたかった映像を、撮る前にカメラに見せられるのはなんだかつまらないのかもしれない。



私の使用するカメラにはファインダーが無い。。

被写体を見つけると両手の指で四角い枠を作って構図を考える。

さらに細かく画面を決めるために、デッサン用の黒い枠をのぞいてカメラの位置を慎重に決める。

三脚を立てて黒い布をかぶり、レンズの薄暗い画像を確認してからフィルムを装てんする。



廃虚の計器盤に、穴の開いた天井から次々に光が注ぎ込む。

被写体と向き合っていると、太陽の動きが一段と速く感じられる。

最良の光線を待ちながら、その空間のすべてのものを自分の中に受け止める。

カメラのファインダーでは見えない何かがある。写すのはレンズだが、作るのは自分だ。